2010年2月 鉄系高温超伝導体のフェルミ面に多体効果が明らかに
2009年5月 新鉄系高温超伝導体の超伝導電子密度の異常な不純物効果
2009年4月 重い電子系URu2Si2の「隠れた秩序」相内に新たな相転移を発見
2009年3月 鉄砒素系超伝導体の下部臨界磁場を新しい手法で評価
2009年1月 新鉄系高温超伝導体のギャップにゼロ点がないことを解明
2008年11月 二次元三角格子系におけるスピン液体状態にエネルギーギャップが存在することを発見
2008年7月 高温超伝導体中の渦糸のエンタングルメントを観測
2008年5月 重い電子系超伝導体CeIrIn5の超伝導機構解明へ新たな結果
2008年5月 高温超伝導体の“奇妙な金属”状態が磁場により消えることを発見
2008年1月 重い電子系超伝導体URu2Si2の磁束格子融解転移の発見
2007年12月 パイロクロア超伝導体KOs2O6のラットリング転移に伴う渦糸の再配置
2007年9月 重い電子系超伝導体CeCoIn5の超伝導薄膜作製に成功
2007年9月 重い電子系超伝導体URu2Si2の超伝導対称性の決定
鉄系高温超伝導体では、反強磁性秩序の近傍で超伝導が出現することから、反強磁性揺らぎなどの電子の多体相関が重要であるのではないかと考えられてきました。その超伝導発現機構の理解を巡って重要となるのが、フェルミ面の決定です。我々は高温超伝導を示す領域としては初めてとなる高磁場量子振動の観測に成功し、フェルミ面の大きさや有効質量を決定しました。その結果、反強磁性相に近づくにつれて超伝導転移温度が増大するにつれ、バンド計算の結果から外れていき、有効質量が増大していくことが明らかとなりました。これは、超伝導の起源に多体効果が重要であることを直接的に示した重要な結果であると考えられます。(posted by TS)
"Evolution of the Fermi surface of BaFe2(As1-xPx)2 on entering the superconducting dome"
H. Shishido, A. F. Bangura, A. I. Coldea, S. Tonegawa, K. Hashimoto, S. Kasahara, P. M. C. Rourke, H. Ikeda, T. Terashima, R. Settai, Y. Onuki, D. Vignolles, C. Proust, B. Vignolle, A. McCollam, Y. Matsuda, T. Shibauchi, and A. Carrington
Phys. Rev. Lett. 104, 057008 (2010);
arXiv:0910.3634.
従来のBCS超伝導体では非磁性不純物を導入しても超伝導への影響は少なく、転移温度やエネルギーギャップ、また超伝導電子密度の温度依存性はほとんど変化しないことが「Andersonの定理」として知られています。これに対し、秩序変数の符号反転を伴う非従来型の異方的超伝導では不純物導入により低エネルギー励起が大きく変化し、超伝導電子密度に大きく影響することが期待されます。今回、新型の鉄系高温超伝導体において、様々な不純物散乱を持つ単結晶の超伝導電子密度の温度依存性を調べたところ、散乱率の大きさに大きく依存することが明らかとなりました。この結果はこの超伝導体が新しいタイプの非従来型超伝導体であることを示唆しています。(posted by TS)
"Microwave Surface-Impedance Measurements of the Magnetic Penetration Depth in Single Crystal Ba1-xKxFe2As2 Superconductors: Evidence for a Disorder-Dependent Superfluid Density"
K. Hashimoto, T. Shibauchi, S. Kasahara, K. Ikada, S. Tonegawa, T. Kato, R. Okazaki, C. J. van der Beek, M. Konczykowski, H. Takeya, K. Hirata, T. Terashima, and Y. Matsuda
Phys. Rev. Lett. 102, 207001 (2009);
arXiv:0810.3506.
重い電子系化合物URu2Si2では17.5 Kで比熱が大きな跳びを示し、その相転移の起源をめぐって様々な研究が行なわれています。特に、他の重い電子系で観測されているような反強磁性や強磁性など磁性は観測されておらず、その秩序変数の実体は20年以上も未知となっています。最近育成された純良単結晶を用いてこの「隠れた秩序」相内で高磁場輸送特性を調べたところ、新しい相転移を示唆する22テスラ近辺でホール抵抗の明瞭な跳びと、より高磁場で新しいフェルミ面の出現に起因した量子振動現象が観測されました。これは、「隠れた秩序」がバンドごとに大きさの異なる秩序変数を持ち、磁場により秩序が多段階で壊れることを示唆しており、隠れた秩序の解明に大きなヒントを与える結果であると考えられます。 (posted by TS)
"Possible Phase Transition Deep Inside the Hidden Order Phase of Ultraclean URu2Si2"
H. Shishido, K. Hashimoto, T. Shibauchi, T. Sasaki, H. Oizumi, N. Kobayashi, T. Takamasu, K. Takehana, Y. Imanaka, T. D. Matsuda, Y. Haga, Y. Onuki, and Y. Matsuda
Phys. Rev. Lett. 102, 156403 (2009);
arXiv:0903.3821.
第2種超伝導体に磁場をかけていくとマイスナー状態では磁場は排除され、下部臨界磁場に達したとき渦糸の侵入が始まります。これまでこの下部臨界磁場の評価には主にバルク磁化測定が用いられてきましたが、そのような手法では渦糸のピン止めに起因する試料全体の不均一な磁化を平均して測定してしまうという問題点があり、下部臨界磁場の決定は非常に困難でした。そこで今回、微小なホール素子をアレイ状に並べた素子を使用し、試料端からの磁束の侵入を精密に測定することによって鉄砒素系超伝導体PrFeAsO1-yの下部臨界磁場の決定に成功しました。またさらにその異方性を測定したところ、この系では2次元的なフェルミ面が超伝導発現により関わっていることを示唆する結果が得られました。 (posted by RO)
"Lower critical fields of superconducting PrFeAsO1-y single crystals"
R. Okazaki, M. Konczykowski, C. J. van der Beek, T. Kato, K. Hashimoto, M. Shimozawa, H. Shishido, M. Yamashita, M. Ishikado, H. Kito, A. Iyo, H. Eisaki, S. Shamoto, T. Shibauchi, and Y. Matsuda
Phys. Rev. B 79, 064520 (2009);
arXiv:0811.3669.
2008年に東工大グループにより鉄を含む新高温超伝導体が発見されました。これは、サイエンス誌の2008年10大ニュースの一つにも選ばれ、現在の物理学の大きなトピックスとなっています。基礎物理学としての最重要課題は、その超伝導機構を明らかにすることですが、その上で、欠かせないのが超伝導ギャップ構造の同定です。現在までに、多結晶試料を用いた研究では銅酸化物高温超伝導体同様のゼロ点を持つ構造ではないかと示唆されてきました。これに対し、我々は世界で初めて単結晶試料を用いてこの問題を調べ、磁場侵入長の温度依存性が低温で一定値に近づく振る舞いを示すことから、ゼロ点がないギャップ構造であることを突き止めました。これは新しい鉄系超伝導体が銅酸化物とは異なる性質を示すことを意味する重要な結果です。 (posted by TS)
"Microwave Penetration Depth and Quasiparticle Conductivity of PrFeAsO1-y Single Crystals: Evidence for a Full-Gap Superconductor"
K. Hashimoto, T. Shibauchi, T. Kato, K. Ikada, R. Okazaki, H. Shishido, M. Ishikado, H. Kito, A. Iyo, H. Eisaki, S. Shamoto, and Y. Matsuda
Phys. Rev. Lett. 102, 017002 (2009);
arXiv:0806.3149.
二次元三角格子上に互いに反対を向こうとするスピンを配置すると幾何学的なフラストレーションが生じてしまいます。特に量子揺らぎの影響が最も顕著に現れるスピン1/2の場合には最低温度状態においても長距離秩序を持たないスピン液体と呼ばれる状態が現れることが理論的に予測されていましたが、その正体、特に最低エネルギー励起がどうなるかといった熱力学的特性は謎に包まれていました。 この問題を明らかにするため、スピン液体状態となっていることがNMR測定などから明らかになった有機モット絶縁体κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3のスピン液体状態の熱伝導率測定を80mKの極低温まで行い、このスピン液体状態が最低励起に有限のエネルギーギャップを持つ種類のスピン液体状態であることを明らかにしました。驚くべきことに、実験結果から求められたギャップの大きさは理論的に予測されていた大きさよりもずっと小さいものであることがわかりました。これらの結果はスピン液体状態に関する、まだ完全に理解しえていないその本質の一部を示しているものと考えられます。 (posted by MY)
最低温度領域における熱伝導率測定の結果。ギャップレスだったときに現れるkappa/T項が低温極限で現れないことを示している。図中左上の図は三角格子におけるフラストレーションの模式図で、右下の図はkappa-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3における三角格子の様子。二量体化したBEDT-TTF分子上のスピン1/2がt'/t≒1の理想的三角格子を実現している。
"Thermal-transport measurements in a quantum spin-liquid state of the frustrated triangular magnet kappa-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3"
Minoru Yamashita, Norihito Nakata, Yuichi Kasahara, Takahiko Sasaki, Naoki Yoneyama, Norio Kobayashi, Satoshi Fujimoto, Takasada Shibauchi, and Yuji Matsuda;
Nature Physics 5, 44-47 (2009).
エンタングルメント(からみあい)の概念は量子コンピュータや超伝導体の物理など、様々な場面で重要な役割を果たします。磁場中の第2種超伝導体における量子化された渦糸は、エンタングルメントを促進ような欠陥を導入することで、渦糸同士がもつれ合うことにより動きにくくなり、ゼロ抵抗を実現できる限界の電流密度を大きくできる可能性が理論的に示唆されてきました。今回、ビスマス系高温超伝導体中のBi原子を核分裂させることで、下図のような様々な方向に伸びる柱状欠陥を導入し、その渦糸状態をジョセフソンプラズマ共鳴という方法で調べました。その結果、低温低磁場領域で渦糸が絡み合いにより臨界電流密度が増大した、スプレイドグラスという新しい状態が実現していることが実験的に初めて明らかになりました。 (posted by TS)
"Entanglement of Solid Vortex Matter: A Boomerang Shaped Reduction Forced by Disorder in Interlayer Phase Coherence in Bi2Sr2CaCu2O8+y"
T. Kato, T. Shibauchi, Y. Matsuda, J. R. Thompson, and L. Krusin-Elbaum
Phys. Rev. Lett. 101, 027003 (2008);
arXiv:0806.2352.
重い電子系化合物における超伝導は、しばしば反強磁性秩序の近傍に出現することが知られています。このような超伝導がおこる起源については、従来の格子振動を媒介とするものではなく、反強磁性ゆらぎが媒介となったものが有力な候補です。このような場合には、超伝導の対称性が従来の等方的なs波ではなく、角度によって符号を変える異方的なものであると考えられ、実際に反強磁性近傍の超伝導体では、異方的な対称性が見いだされています。CeIrIn5では、反強磁性から遠く、図のように転移温度が2つめの山に位置するために反強磁性ゆらぎ以外の価数揺動などの新しい機構についても検討がなされてきました。今回我々の熱・電気輸送測定実験により、(1)反強磁性近傍と同じ対称性dx2-y2をもつ超伝導であること、(2)反強磁性ゆらぎがまだ残っており、常伝導状態の物性にその効果が現れること、の2点が新たに明らかとなりました。これらの結果は、この系の超伝導機構は、おそらく価数揺動によるものではなく、反強磁性ゆらぎによるものが有力であることを示すものです。 (posted by TS)
超伝導は電気抵抗がゼロとなる現象ですが、温度を上げたり磁場をかけたりすると超伝導が壊れ、電気抵抗が発生した金属状態となります。銅酸化物高温超伝導体は、1986年の発見直後から、電気抵抗が普通の金属とは違う温度変化を示すなどの異常性が見出され、物理学の大きな問題となっています。この原因が特定できれば、高温超伝導の機構解明に重要な手がかりとなると考えられています。 今回、タリウム系とよばれる高温超伝導体の電気抵抗を磁場中で詳細に調べた結果、45テスラという強い磁場中では異常性が消え、普通の金属に戻ることを発見しました。この結果は、高温超伝導発現に磁気的な機構が働いていることを明快に示しているだけでなく、絶対零度において量子相転移とよばれる新しい現象が存在することを示しています。 (posted by TS)
ニュースリリースはこちら。
この研究結果に関する記事が京都新聞(5月13日夕刊10面)、産経新聞(5月14日24面)、日経産業新聞(5月14日10面)、毎日新聞(7月20日朝刊全国版科学面)に掲載されました。
"Field-Induced Quantum Critical Route to a Fermi Liquid in High-Temperature Superconductors"
T. Shibauchi, L. Krusin-Elbaum, M. Hasegawa, Y. Kasahara, R. Okazaki, and Y. Matsuda
PNAS 105, 7120-7123 (2008); arXiv: 0805.2215.
第2種超伝導体に磁場をかけると、量子化された渦糸という形で磁束が侵入し、その渦糸同士に反発力が働くことから、格子を組むことが知られています。温度が100 K程度と高い高温超伝導体では大きな熱揺らぎのためにこの格子が融けて液体となる相転移が発見され大きな話題となりました。温度の低い超伝導体ではこのような融解転移は通常見られません。ところが、強い電子間相互作用のため有効質量が100倍近くにも増強された「重い電子系」とよばれる化合物では、極低温でも重い電子のために熱揺らぎの効果が驚くほど強められ、URu2Si2においてそのキャリア数の少なさとあいまって、1 K程度の極低温において磁束格子融解の相転移が発見されました。 (posted by TS)
"Flux Line Lattice Melting and the Formation of a Coherent Quasiparticle Bloch State in the Ultraclean URu2Si2 Superconductor"
R. Okazaki, Y. Kasahara, H. Shishido, M. Konczykowski, K. Behnia, Y. Haga, T. D. Matsuda, Y. Onuki, T. Shibauchi, and Y. Matsuda
Phys. Rev. Lett. 100, 037004 (2008);
arXiv: 0710.2382.
わが国で発見された比較的高い超伝導転移温度(9.6 K)を持つパイロクロア超伝導体KOs2O6では、その結晶構造にかご型の空間が存在し、その中でKイオンが動き回る「ガラガラ(赤ちゃん用のおもちゃ)」のようなラットリングという現象が起きています。超伝導転移温度より低い温度(約8 K)において、比熱のとびが見つかり、1次相転移の存在が最近明らかになってきました。この相転移ではラットリングの動きが変化しているのではないかと考えられています。この相転移近傍での超伝導体中の磁場分布を調べたところ、超伝導体中の渦糸の分布が1次転移以下で予想以上に大きく変化することが明らかとなりました。このことは、ラットリングが超伝導に少なからず影響を及ぼしていることを示しており、ラットリングと超伝導の関係を明らかにする上で重要な結果であると考えられます。 (posted by TS)
"Vortex Redistribution below the First-order Transition Temperature in the b-Pyrochlore Superconductor KOs2O6"
T. Shibauchi, M. Konczykowski, C. J. van der Beek, R. Okazaki, Y. Matsuda, J. Yamaura, Y. Nagao, and Z. Hiroi
Phys. Rev. Lett. 99, 257001 (2007);
arXiv: 0710.5781.
CeCoIn5はCeを含む重い電子系超伝導体で最も高い転移温度(2.3 K)をもち、新奇高磁場超伝導相(FFLO相)の存在、磁場誘起量子臨界現象、非フェルミ液体的な常伝導状態など、数多くの異常物性を示すことから、非常に注目されている物質です。現在まで、単結晶を用いた研究が行われましたが、バルク物性測定に測定手法が限定されていました。薄膜化することで光電子分光、トンネル分光など表面敏感な測定や、微細加工によるパイ接合などの位相分解可能な測定への道が開けることが期待されます。Ce元素は非常に酸化されやすいため、なかなか良質な薄膜を得ることが困難でした。私達は低温物質科学研究センター(寺嶋研究室)と共同で、分子線エピタキシー法という超高真空下での薄膜作製技術を用いて、バルク結晶と遜色のない超伝導特性を示すc軸配向薄膜の作製に成功しました。(posted by TS)
"Superconducting Thin Films of Heavy Fermion Compound CeCoIn5 Prepared by Molecular Beam Epitaxy"
M. Izaki, H. Shishido, T. Kato, T. Shibauchi, Y. Matsuda, and T. Terashima
Appl. Phys. Lett. 91, 122507 (2007).
強相関電子系では、しばしば超伝導ギャップにゼロ点(ノード)があらわれる非従来型の超伝導が実現し、その超伝導が反強磁性や強磁性などの磁気秩序と共存することが知られています。重い電子系超伝導体URu2Si2では、他の超伝導体とは異なり、非磁性の「隠れた秩序」とよばれる相と超伝導が共存し、その機構解明に向けて多くの研究がなされています。最近、非常に純良な単結晶試料が育成され、それを用いて電気・熱輸送特性を調べた結果、非常に奇妙な超伝導状態にあることが明らかとなってきました。隠れた秩序相ではキャリア数が非常に少なく、電子とホールが同数存在する半金属的な電子状態であり、電子バンドとホールバンドで、ギャップのノードがそれぞれ点状のものと線状のものとを持つことが実験的に初めて明らかになりました。この結果から、URu2Si2では、下図に示すようなカイラルd波の対称性を持つ超伝導が実現しているのではないかと考えられます。この対称性は時間反転対称性を破る新しいタイプのスピン一重項超伝導状態であり、今後のさらなる展開が期待できます。 (posted by TS)
"Exotic Superconducting Properties in the Electron-Hole Compensated Heavy Ferimon `Semimetal' URu2Si2"
Y. Kasahara, T. Iwasawa, H. Shishido, T. Shibauchi, K. Behnia, Y. Haga, T. D. Matsuda, Y. Onuki, M. Sigrist, and Y. Matsuda
Phys. Rev. Lett. 99, 116402 (2007).