走査型トンネル分光法は、高いエネルギー分解能と原子レベルでの空間分解能をもって状態密度の変化を直接観測可能な強力なプローブです。本装置は、独自の希土類分子線エピタキシー(MBE)装置と、3He冷凍機(最低温度300 mK) 及び11 T超伝導磁石を完備した走査型トンネル顕微鏡(STM)装置を結合させた最新の複合一体型システムです。
f電子をもつCeなどの希土類元素を含む金属間化合物では、f電子と伝導電子の近藤効果による混成のために狭いバンドが形成され、「重い電子状態」が実現します。私達のグループでは、これまでに独自の希土類分子線エピタキシー装置を開発することにより、重い電子系Ce化合物の1原子層単位での結晶成長制御を実現し、この技術を用いて自然界には存在しない強相関電子系の創製に取り組んできました。この技術は、新奇な強相関電子系の実現とともに、劈開性のない重い電子系化合物においては、バルク結晶で実現できなかった原子レベルで平坦且つ清浄な表面を提供します。本装置は、MBE装置と高分解能の極低温STM装置を結合させることにより、重い電子系化合物の電子状態の「その場観察」を実現するものです。
本装置を用いて、
・コヒーレント近藤格子形成過程の観測
・近藤ホールの可視化
・超伝導準粒子干渉効果と超伝導対称性の決定
・マヨラナフェルミオンの探索
といった課題に取り組んでいます。
MBE-STM複合装置: 手前側にSTM、奥側にMBE装置が設置され、超高真空を通じて結合しています。微小な振動も原子レベルでは大きな揺れをもたらす為、STM装置は防音室内の除振装置に設置され、ピット周辺は高密度コンクリートで堅牢に保護されています。
本装置は従来の単結晶STM/STS測定も可能です。そこでこの装置を用いて鉄系超伝導体など、非従来型超伝導体におけるエキゾチックな電子状態や超伝導ギャップの観測を行っています。
複数種類の結晶格子が重なり、もとの結晶周期より長い周期構造をもったものを超格子と呼びます。現在では非平衡状態での薄膜育成法を応用すれば人工的に超格子構造を作り出すことが出来るようになっています。これを人工超格子と呼びます。従来の天然に存在する結晶の利用から一歩進んで、役に立つ結晶を人工的に設計する手法と言えます。
我々は京都大学低温物質科学センター寺嶋研究室と共同で分子線エピタキシー(MBE)法による薄膜試料の作成に取り組んできました。図1にMBE装置の概略を示します。MBE法の特徴は1)超高真空中で、2)原料を加熱して基板上に蒸着し、3)電子線回折(RHEED)をもちいて育成と同時に基板上での結晶成長のその場観察が可能であることです。超高真空下では分子の平均自由行程が数kmを超えるため、加熱蒸着される分子の流れはビームとみなせます。これがMBEの名前の由来です。また加熱蒸着であるため蒸着速度は遅く、結晶成長の速度は蒸着速度で決まります。そのため、シャッターの開閉により分子線を開放/遮断することで結晶成長を精度よくコントロールできます。
図1 MBE装置の概略
このような特徴を生かし、我々は最近、Ceを含む重い電子系反強磁性体と非磁性のLa化合物を交互に積層させた重い電子系の人工超格子薄膜の作成に成功しました。これによりCe層の厚みを制御して系の次元性を3次元から2次元へと制御することが可能となりました。まだまだ試料の質を向上させる必要がありますが、重くなった電子を2次元に閉じこめたのは世界で初めてです。作成した人工超格子の電気抵抗率測定から次元性を3次元から2次元へ制御することによって反強磁性が抑制され、電子の有効質量が増大することがわかってきました。
将来的には異方的超伝導体の薄膜/人工超格子薄膜の作成を計画しています。薄膜化により電子線リソグラフィーや収束イオンビームを用いて、微細加工が可能になります。また原子層レベルで平坦な表面が期待されます。微細加工により作成したジョセフソン接合を走査ホールプローブ顕微鏡などで観測することにより超伝導量子位相を直接観測することを計画しています。
実現すれば、超伝導の対称性の直接的な観測となり、バルク測定から提案されている超伝導対称性を確かめることができます。また超伝導/常伝導の人工超格子を用いて自然界には存在しない新しい超伝導体を創成する試みが可能になります。例えば超伝導を2次元に閉じこめることにより、バルクの3次元では観測できなかった様々な興味ある現象が期待できます。超伝導電子対の大きさよりも薄い膜は純粋に2次元XYモデルで記述され Kosterlitz-Thouless転移という渦と反渦励起により超伝導転移が記述されます。それ以外にもABC三種類の結晶からなる超伝導人工超格子によって結晶の反転対象性を制御し、反転対象性の破れが超伝導におよぼす影響を調べる試みや、超伝導と磁性体の接合や超伝導の位相を人工制御して新しい素子を作る試みなど様々な展開が期待されます。
MBE装置の写真
50 mK以下の極低温まで冷却可能な希釈冷凍機。主に熱伝導率測定に用いられています。最大16テスラまでの強磁場を発生させることのできる超伝導マグネットや、3-5テスラの磁場を回転させることのできるベクトルマグネットを用いて磁場を変化させたときの熱伝導率の変化から超伝導体のギャップ構造などを調べています。
強力な磁場を発生可能な超伝導マグネットを複数台配備しています。これらを希釈冷凍機や3He冷凍機、温度可変インサートと組み合わせることで50 mK以下の極低温から室温300 Kに至るまで、様々な物性測定を行っています。
測りたい試料の両端を熱流を流し(上の写真では左から右へ)サンプルの両端にできる温度差を校正済みの温度計(Thermometer #1)で測ります。
3He温度(~300 mK)までの極低温まで容易に冷却が可能です。電子輸送現象測定や、ゼーベック効果、ネルンスト効果などの熱電係数測定などに用いられます。
ピエゾ素子とホールプローブを用いた磁場分布測定により超伝導体の磁束構造などを測定する装置です。上記の3He冷凍機を用いた低温で測定できるように現在開発中。
各種精密電子計測機器
単結晶作製・加工
ボックス炉~ 横型管状炉
縦型管状炉
蒸着装置
ドラフト
スポットウェルダー
油圧プレス機(20t)
圧力セル
回転機構付きデュワー (ベクトル・スプリットマグネット用)
シールドルーム
リークディテクター
液体He用ベッセル(30, 100リットル)
液体窒素用ベッセル