我々の研究室では、強く相互作用し合う電子系の示す興味ある多彩な振る舞いを実験を通じて研究しています。特に物質が低温で示す超伝導現象、電子輸送現象、相転移現象に興味を持っています。
特に我々が一番興味を持っているのは超伝導現象です。超伝導は物理学における最も劇的な現象の一つです。この現象の解明は固体物理学だけの問題にとどまらず、極低温における超流動ヘリウム、レーザー冷却によりボーズ・アインシュタイン凝縮した希薄原子ガス、重イオン加速器によってつくり出された超高密度原子核や宇宙における中性子星の問題とも密接に関わっており、現代物理学の中心的課題の一つです。また超伝導現象は科学技術とも密接に関わっています。20世紀後半の科学文明は、半導体中の電子を制御し集積回路を作ることによって支えられたと言えます。これに対し超伝導は、例えば現在のスーパーコンピューターの演算速度を桁違いに高速にできる可能性も持っており、21世紀の科学文明を支えることの出来る新しい極めて重要な技術であるとも言えます。
我々はその中でも最先端のトピックスを扱っており、最近行った具体的研究は
です。実験は主として測定を中心とし、電子輸送現象、熱輸送現象、トンネル接合、マイクロ波応答、高周波応答(ラジオ波〜マイクロ波)、走査型ホール素子顕微鏡、磁気光学顕微鏡、超音波、中性子散乱、ミューオン等により行います。また実験は、超低温(ミリケルビン)、超強磁場(数10テスラ)の極限環境下でも行います。さらに試料作製も行います。特に分子線エピタキシー(MBE)法を用いて原子単位で人工超格子を作製し、ナノ構造を持った自然界に存在しない物質開発に力を注いでいます。
これらの研究は国内外の多くの研究グループと共同で行っています。これまで国内では、北海道大学、東北大学、東京大学、お茶の水女子大学、名古屋大学、大阪大学、日本原子力研究機構、物質材料研究機構、国外ではプリンストン大学、カリフォルニア大学、コーネル大学、ルイジアナ大学、IBMワトソン研究所、ロスアラモス国立研究所、オークリッジ国立研究所、国立高磁場研究所(米国)、エコール・ポリテクニーク、パリ物理化学研究所、グルノーブル国立研究所、ボルドー大学(フランス)、マックス・プランク研究所(ドイツ)、スイス連邦工科大学(スイス)と共同研究を行ってきました。
超伝導は本来反発し合う電子の間に引力が働き、クーパー対と呼ばれる電子対を形成し、ボーズ・アインシュタイン凝縮を起こすことにより生じる相転移現象です。超伝導転移は熱力学的な2次相転移であり対称性の破れを伴いますが、超伝導の場合破れるのはゲージ対称性です。最近ゲージ対称性だけでなく、それ以外の対称性の破れを伴う超伝導体も次々と発見されています。このような超伝導体は非従来型超伝導体と呼ばれます。非従来型の超伝導の代表は高温超伝導体です。従来型の超伝導体では、フェルミ面上に等方的なエネルギーギャップが現れます。これに対し非従来型の超伝導体ではフェルミ面上に開くエネルギーギャップがノードを持つ、つまりゼロになる方向が現れます。これは別の見方をすると非従来型超伝導体ではクーパー対の形状が異なっているとも言えます。従来型の超伝導体ではクーパー対の形状は等方的なs波(図1)です。これに対して非従来型ではその形状は異方的です。たとえば図2ではd波超伝導体の形状を書いてあります。s波超伝導体は格子振動を媒介として電子が引き合うのに対して異方的超伝導体では電子相関や磁性によって引力が働くと考えられております。超伝導体の研究で最も重要なことはその引力のメカニズムを知ることですが、そのためにはクーパー対の形状つまり超伝導のギャップ関数を知る必要があります。我々は試料を極低温(10ミリケルビン)まで冷却し、超伝導状態における磁場中のエントロピーの流れの方向から超伝導の対称性の決定を行っています。また最近ではトンネルダイオードを用いて極低温まで磁場侵入長を測定する装置を開発しました。図3にこれまで我々の研究室で決定した様々な異方的超伝導体のギャップ構造を示します。
図3
最近様々な奇妙な超伝導状態が発見されています。ここでは最近我々が研究している奇妙な3つの話題を紹介します。どれもほとんど明らかになっていない奇妙な超伝導状態です。
(1)テクスチャー構造の秩序変数をもった超伝導状態 従来の超伝導体では (k, ↑) , (-k, ↓) の電子対が形成されます。これに対し (k, ↑), (-k+q, ↓) の有限の重心運動量を持った電子対形成の可能性が40年前に指摘されていました。この状態を予言した4人の名前を取ってFFLO状態と呼びます。FFLO状態では、渦糸格子に垂直方向に周期的に2次元のノードが出現し、図のように実空間で超伝導が不均一になります。FFLO状態は最近重い電子系超伝導体で発見されました。FFLO状態は超伝導だけでなく、ボーズ・アインシュタイン凝縮した希薄気体においても盛んに探索が行われています。また超高密度の原子核や中性子星においてもその存在が予測されており盛んに計算がなされています。
(2)空間反転対称性のない超伝導状態 ほとんどの超伝導体では、電子対を組む際に空間反転対称性を仮定します。最近空間反転対称性のない超伝導体がいくつか発見されています。このような系ではスピン・シングレットとトリプレットの区別が出来なくなるために両者の混ざり合った奇妙な超伝導状態が実現します。この状態では例えば、上部臨界磁場が異常に高くなったり、ヘリカル渦糸相と呼ばれる新しい超伝導状態が出現したりすることがわかってきました。
(3)他の秩序と共存した超伝導 非従来型超伝導体ではしばしば超伝導体では、反強磁性や強磁性と共存します。我々はこれまで反強磁性と共存した超伝導体の対称性についての研究を行ってきました。またある種のアクチノイド系化合物では、「隠れた秩序」と呼ばれる奇妙な秩序状態と超伝導が共存します。この状態では極めて少ないキャリアーで超伝導になってしまうため、カイラル超伝導状態や量子極限状態の超伝導状態が実現される事がわかってきました。このような状態では、これまでに観測されたことのない新奇超伝導状態が実現されることが期待されます。
超伝導を2次元に閉じこめることにより、バルクの3次元では観測できなかった様々な興味ある現象が期待できます。例えば超伝導電子対の大きさよりも薄い膜は純粋に2次元XYモデルで記述され Kosterlitz-Thouless転移 という渦と反渦励起により超伝導転移が記述されます。我々は最近、京都大学低温物質科学センター寺嶋研究室と共同で分子線エピタキシー法により重い電子系化合物の人工超格子を作ることに成功しました。まだまだ試料の質を向上させる必要がありますが、重くなった電子を2次元に閉じこめたのは世界で初めてです。このような系を用いることにより、自然界には存在しない新しい超伝導体を創成する試みを行っています。また薄膜化により電子線リソグラフィーや収束イオンビームを用いて、ナノ微細加工が可能になります。我々は超伝導と磁性体を接合させたり、超伝導の位相を人工制御して新しい素子を作ろうと試みております。さらに超伝導量子位相を直接観測するために、走査ホールプローブ顕微鏡の作製も行いました。
電子輸送現象でもっとも基本的な物理量は、電気抵抗、ホール係数、磁気抵抗であり、これらの輸送係数は、ほとんどの場合、ランダウのフェルミ液体理論により予想される振る舞いを示します。しかしながら最近、フェルミ液体理論から大きく外れたいわゆる非フェルミ液体的な振る舞いを示す物質が、銅酸化物高温超伝導体、重い電子系化合物、有機伝導体のような、いわゆる強相関電子系物質で数多く見つかってきています。非フェルミ液体状態は、エキゾチック超伝導の発現機構とも密接に関係しています。非フェルミ液体的な電子の挙動は、反強磁性や強磁性不安定性が起こる近傍、いわゆる量子臨界点近傍でしばしば観測されます。非フェルミ流体的な輸送係数の振る舞いに対しては、例えば伝導を担うものは単純な電子ではなく、エキゾチックな粒子、スピノンとホロンであると仮定するものなどもありますが、これまで多くの論争があるもののいまだに理解されていない問題です。このように強相関電子系の非フェルミ液体的な挙動は、超伝導や量子臨界点とも深く関わった物理学における重要な問題の一つです。
そのような背景のもと、我々は現在準2次元的な電子構造を持つ重い電子系化合物と呼ばれる超伝導体CeMIn5 (M=Rh, Co, Ir)に注目して電子輸送現象の研究をしております。CeMIn5は圧力によって基底状態を反強磁性相から超伝導相まで連続的に変化させることができ、電子相図の広い温度と磁場範囲を調べることができ、強相関電子系の輸送現象の詳細を系統的に調べる上で非常に適しています。
量子臨界現象とは、異なる基底状態間の2次相転移が絶対零度において現れる現象で、圧力などの外部パラメータを変化させたときに起こることが知られています。この現象が注目されている理由は、臨界点近傍では、系が量子揺らぎによって支配されることにより、低温における物性が、通常金属でよく成り立つことが知られているランダウのフェルミ液体論では十分記述できない振る舞いを示すことが明らかになってきたからです。また、強相関電子系において磁気秩序相と非磁性金属相の相転移の間の量子臨界点近傍において、非従来型の超伝導が出現することがあり、新しい物性制御法としても量子臨界現象の制御が着目され始めています。今までこのような量子臨界点の制御は、「圧力」や「化学組成」を変化させることによって主に行われてきましたが、我々の研究室では、別の制御パラメータとして、「磁場」や「次元性」を用いるという新たな視点に立った研究を行っています。
強く相互作用しあう系の多彩な現象は、物理学における最も活発に研究が行われている分野の一つです。特に一次元のひも状の分子が、反発し合ったり絡み合ったりして引き起こされる相転移現象は、高分子、タンパク質、DNAなどの生命現象とも関係した重要な問題です。第2種超伝導体に磁場をかけると量子化された磁束が一次元のひもになって(渦が糸のようになることから渦糸と呼ばれます)試料に侵入します。特に高温超伝導体や有機超伝導体の渦糸状態は従来の超伝導体とは大きく異なっています。これらの超伝導体では渦電流が2次元面に閉じこめられたパンケーキ渦が弱く面間に結合しています。つまりパンケーキが弱いひもで繋がった構造を持っています。このような系は低温弱磁場では 3角格子を作って整列しているものの、熱揺らぎのためにある時には液体になったり、ある時には結晶中のランダムポテンシャルのためにグラスとなったりして、まさに複雑系物質と言えます。このような系は「ボルテックスマター(渦物質)」と呼ばれ統計力学の対象としても興味深いものです。我々は様々な方法でこのこの複雑物質を調べています。
最近特に興味を持って行ってきた研究のひとつが、高温超伝導体のジョセフソン効果の研究です。高温超伝導は2次元CuO2面で超伝導が起こります。この2次元超伝導面間の電子の移動はジョセフソン効果とよばれるクーパー対の量子力学的なトンネル効果によって起こります。我々はジョセフソン・プラズマと呼ばれる超伝導電子対のプラズマ振動をマイクロ波により検出することに世界で初めて成功し、トンネル効果の強さを精密に測定することができるようになりました。我々は、ジョセフソン・プラズマを用いて高温超伝導体のジョセフソン接合の特性や上述の渦糸状態を調べてきました。また最近このジョセフソン・プラズマを使ってテラヘルツ帯の光を発振させることが可能になることがわかってきました。ジョセフソン・プラズマによる発振では半導体と違い光の波長が可変となります。現在の所、まだ半導体と比べて弱い光しか取り出せていませんが、原理的には同程度の強度の光が発振可能だとされております。テラヘルツ帯の光は、光波と電波の中間領域に当たり、非金属や無極性物質を透過し、物質の光応答、化学反応、生体反応の研究だけでなく、非破壊検査、宇宙観測、光通信などでの応用が可能になります。
近年、1/2の大きさを持つスピンが三角格子状に配置されたときの基底状態の研究にも興味を持って取り組んでいます。 反強磁性的にオーダーしようとしているイジングスピンは三角格子状に配置されると↑と↓の両方と隣り合うスピンの方向は定まりません(下図参照)。 このような系はフラストレーションの強い系と呼ばれ、絶対零度においてもスピンが長距離秩序を持たずスピン液体と呼ばれる状態が実現していると言われています。 この問題は量子スピン系の基本的理解にかかわる、非常に重要な問題です。 実際にこのような三角格子の問題を調べることのできる物質のひとつが有機Mott絶縁体κ-(BEDT-TTF)2Cu2(CN)3です。 この物質はスピン配置が三角格子に非常に近く(t'/t = 1.06)、かつスピン間の相互作用の強さJがおよそ250Kと非常に高い特徴があり、近年非常に盛んに研究されています。 我々はこの物質の基底状態を希釈冷凍機温度(〜10mK、Jの2万5千分の1!)まで調べようと取り組んでいます。